朝露がきらきらと光る岩場。その隙間にある小さな竪穴住居で、えうんは目を覚ました。茶色い毛並みを撫でつけながら、今日も一日が始まる。
「今日こそ、ちゃんと完成させないと……」
手のひらに乗るくらいの木の実を取り出す。硬い殻に小さな穴を開けて、中身をくり抜いた物だ。これに紐を通して、笛を作ろうとしていた。
コツコツと慎重に穴を広げていると——
「だまぁ!!」
突然の大声に手が滑り、せっかくの木の実にヒビが入ってしまった。
「あ、ああ……」
入り口から、グレーの粘菌に覆われた小さな姿が飛び込んできた。だまよおだ。
「えうん!大変だ!」
「だ、だまよお君……ノックは……」
「そんな場合じゃない!岩場の向こうで変な音がしてる!きっと誰かが悪いことしてるんだ!」
だまよおの「悪いこと」センサーは、かなり過敏だ。この前は風で倒れた木を「誰かが押し倒した」と大騒ぎしていた。
「多分、また勘違いじゃ……」
「だまぁ!勘違いじゃない!一緒に見に行こう!」
ぐいぐいと腕を引っ張られ、えうんは仕方なく外に出た。
岩場を越えて、隣の丘まで来ると、確かに変な音がしていた。ガサガサ、ゴソゴソ……何かが動き回っている。
「ほら見ろ!絶対に悪い奴が……」
だまよおが飛び出そうとした瞬間、茂みから茶色い毛の生き物が顔を出した。
エウニカ種の女の子だった。えうんと同じくらいの大きさで、でも毛並みはもっと明るい茶色。籠を持って、何かを集めている様子だった。
「あ……」
目が合った。女の子は驚いたように固まっている。
「お前!そこで何してるんだ!」
だまよおが詰め寄る。女の子はびくっと震えた。
「あ、あの、木の実を……」
「木の実?勝手に取ってるのか?だまぁ!」
「だ、だまよお君、待って」
えうんが間に入る。よく見ると、女の子が集めていたのは地面に落ちた木の実ばかりだった。
「落ちてるのを拾ってるだけみたい……」
「で、でも!」
「あの、ごめんなさい……私、最近ここに越してきたばかりで……勝手に入っちゃいけない場所だったなら……」
女の子——ミオと名乗った——は、家族と一緒に谷の向こうから引っ越してきたばかりらしい。
「木の実で、染め物をしようと思って……」
「染め物?」
えうんが興味を示すと、ミオは少し明るい表情になった。
「この赤い実は、煮出すときれいな色が出るんです。ほら」
籠から小さな布切れを取り出す。淡い桃色に染まっていた。
「わぁ……きれい」
「えうん君も、こういうの好き?」
「あ、えっと、ぼくは物を作るのが……その、簡単なものだけど」
えうんは、ヒビの入った木の実を見せた。
「笛を作ろうとしてたんだけど、失敗しちゃって」
「あ、それなら、この実の方がいいかも」
ミオが別の種類の実を差し出した。
「これ、中が空洞になりやすくて、音も良く響くんです」
「へぇ……」
二人が話し込んでいると、だまよおがむくれた。
「おーい!ぼくを無視するなー!」
「あ、ごめん、だまよお君」
「もう!せっかく悪い奴を捕まえようと思ったのに!」
そう言いながらも、だまよおはもう怒っていない様子だった。ミオが悪い奴じゃないことは、もう分かっている。
午後、三人は川辺の平たい岩の上に座っていた。
「へぇ、だまよお君は毎日見回りしてるんだ」
「そう!正義の味方だから!」
だまよおは胸を張る。その様子にミオは微笑んだ。
「えうん君は?」
「ぼ、ぼくは……特に何も……」
「さっきの笛、上手だったよ。私、音が出せないから」
「そ、そんな、まだ完成してないし……」
えうんは新しい木の実に穴を開けながら、照れくさそうにしていた。ミオのアドバイス通り、確かにこの実の方が加工しやすい。
「できた!」
小さな笛が完成した。早速吹いてみると、澄んだ音が響く。
「わぁ、すごい!」
「だまぁ!いい音だな!」
褒められて、えうんの耳が赤くなった。
「あ、あの、これ……ミオさんにあげる。木の実を教えてくれたお礼」
「え?いいの?」
「う、うん……」
ミオが笛を受け取って、嬉しそうに吹いてみる。ピーッと高い音が鳴った。
夕暮れ時、三人は岩場の上から沈む夕日を眺めていた。
「今日は楽しかった」
ミオが言う。
「また明日も会える?」
「も、もちろん」
えうんが答えると、だまよおも大きく頷いた。
「おう!また明日も見回りするからな!悪いことしてたら、だまぁ!って言うぞ!」
「ふふ、気をつけます」
ミオが帰っていくのを見送った後、だまよおがぽつりと言った。
「なぁ、えうん」
「なに?」
「お前、今日なんか違ったな」
「え?」
「いつもより、こう……楽しそうだった」
えうんは驚いた。だまよおは勘違いが多いけど、時々鋭いところがある。
「そ、そうかな……」
「まぁいいや!明日も頑張ろうぜ!」
グレーの粘菌が夕日を反射してきらきらと光る。だまよおはいつも通り元気いっぱいだった。
「うん……明日も、頑張る」
えうんは小さく呟いた。新しい友達ができた一日。明日はどんな日になるのだろう。
遠くの空に、一瞬、流れ星のような光が見えた。でも、二人とも気づかなかった。
どどらんどの、平和な一日の終わり。

No.4 しょくぶつ
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