秋の深まりを感じる朝、だまよおは緊張した面持ちで準備をしていた。
グレーの粘菌質の体を念入りに整え、昨日皆で作った金色のお守りを大切に身につける。
「よし、今日こそ正義の味方の力を見せる時だ!」
今日は、マメキン種の村で年に一度行われる「勇気試し」の日。成長期のマメキン種が参加して、自分の勇気を証明する伝統行事だ。
集落の中央広場には、すでに多くのマメキン種が集まっていた。
「だまよお、来たか」
ガンさんが声をかける。
「おう!今年こそ完走してみせる!」
実は、だまよおは去年も参加したが、途中で怖くなって逃げ帰ってきた過去がある。
「今年は応援団も連れてきたのか」
ガンさんが指差す先には、えうん、ミオ、くぴぃが立っていた。
「だまよお、頑張って!」
くぴぃが小さな翼をパタパタさせて応援する。
「無理しないでね」
ミオも心配そうだ。
「大丈夫、だまよおなら」
えうんの言葉に、だまよおは勇気づけられた。
勇気試しの内容は、日没後に森の奥にある「試練の洞窟」まで行き、奥にある「勇気の石」を持ち帰ってくるというもの。
一人で、暗い森を通って、洞窟まで行かなければならない。
「参加者は五名か」
長老のマメキン種が確認する。だまよおの他に、四名の若いマメキン種がいた。
「では、日没と共に開始する。それまで、心の準備をしておきなさい」
待ち時間、だまよおは友達と過ごした。
「怖くないの?」
くぴぃが心配そうに聞く。
「せ、正義の味方は怖がらない!」
強がってはいるが、手が少し震えている。
「そうだ、これ持っていって」
えうんが小さな笛を差し出した。
「怖くなったら、吹いて。音で気が紛れるから」
「えうん……ありがとう」
ミオも何かを差し出した。
「これ、光る染料を塗った布。暗闇で少し光るから」
「ミオちゃんも……」
友達の優しさに、だまよおは目頭が熱くなった。
日が沈み始めた。
空が橙色から紫色へ、そして濃い藍色へと変わっていく。
「時間だ」
長老の合図で、参加者たちは一人ずつ、時間差で森へ入っていく。
だまよおの番が来た。
「行ってくる!」
「頑張って!」
友達の声援を背に、だまよおは暗い森へ足を踏み入れた。
最初のうちは、まだ集落の明かりがかすかに見えていた。しかし、進むにつれて、完全な暗闇に包まれる。
「だ、大丈夫だ……正義の味方は……」
ミオがくれた光る布を握りしめる。確かに、ほんのりと光っている。
カサカサと落ち葉を踏む音だけが響く。時々、夜行性の動物の鳴き声が聞こえて、びくっとする。
「もう半分は来たはず……」
その時、前方に試練の洞窟が見えてきた。
大きな岩の裂け目のような入り口が、ぽっかりと口を開けている。
「よし、あとは勇気の石を取るだけ……」
洞窟に入ろうとした時、異変に気づいた。
洞窟の奥から、かすかに光が漏れている。
勇気の石は光らないはず。去年の参加者からそう聞いていた。
恐る恐る中を覗くと、信じられない光景が広がっていた。
洞窟の奥に、黒い靄のようなものが渦巻いている。その中心に、紫色の光が脈打っていた。
「な、なんだこれ……」
さらに驚いたことに、その黒い靄から、何かが這い出てきた。
影のような、形のはっきりしない何か。
目のような赤い光が二つ、だまよおを見つめている。
「ひっ!」
だまよおは本能的に危険を感じた。これは、勇気試しの演出なんかじゃない。本物の脅威だ。
影が、ゆらりと動いた。
だまよおに向かって、近づいてくる。
「だ、だまぁ!」
反射的に叫んだが、影は止まらない。
その時、えうんからもらった笛を思い出した。
震える手で笛を取り出し、必死に吹いた。
ピィィィーーー!
甲高い音が洞窟に響き渡った。
すると、影がびくりと止まった。音を嫌がっているようだ。
だまよおは続けて笛を吹きながら、後ずさりした。
影は追ってこようとするが、笛の音に阻まれて近づけない。
洞窟から出ると、だまよおは全速力で走った。
「大変だ!皆に知らせないと!」
集落に戻ると、ちょうど他の参加者も戻ってきていた。皆、青い顔をしている。
「おい、お前らも見たのか!?」
「あ、ああ……黒い影が……」
「洞窟に変なものが……」
長老が異変を察知した。
「何があった?」
だまよおは、見たことを詳しく説明した。黒い靄、紫の光、そして影の存在。
長老の顔が青ざめた。
「まさか……封印が……」
「封印?」
「昔、あの洞窟の奥深くに、何かを封じたという言い伝えがある。まさか、それが……」
えうんが口を開いた。
「すぐに、ユキさんに知らせた方がいい」
「そうだね」
ミオも同意する。
「とりあえず、今夜は洞窟に近づかないように皆に伝えよう」
ガンさんが指示を出す。
その夜、だまよおたちは集落に泊まることになった。
「だまよお、よく無事で帰ってきた」
えうんが言う。
「笛のおかげだよ。ありがとう」
「でも、あの影は何だったんだろう」
ミオが不安そうに呟く。
「分からない。でも、嫌な予感がする」
くぴぃも心配そうに、皆にくっついている。
深夜、だまよおは眠れずに外を見ていた。
森の方角を見ると、かすかに紫色の光が見える。
あの洞窟で、何かが起きている。
「これが、おひーんが言ってた変化の始まりなのか……」
金色のお守りを握りしめる。
友達がいる。皆で力を合わせれば、きっと乗り越えられる。
でも、不安は消えなかった。
翌朝、ユキが現れた。
「聞いたわ。案の定、始まったのね」
「ユキさん、あれは?」
「古い封印が弱まっている。そして、別の世界との境界が薄くなっているの」
ユキの表情は厳しかった。
「これから、どどらんどは試練の時を迎える。皆、準備をしなさい」
勇気試しは、本当の試練の始まりだった。
平和だったどどらんどに、少しずつ、闇が忍び寄り始めていた。
四コマ
No.4 しょくぶつ


コメント