第13話「おひーんの昔話」

雨が降り続く日だった。
いつもなら皆で集まって何かをするのだが、今日は違った。洞窟の影の一件以来、皆どこか不安を抱えていて、それぞれの家で過ごしていた。
えうんとミオは、雨の中、水辺へ向かった。おひーんなら雨の日でも外にいるはずだ。
案の定、おひーんは水面に平たい体を浮かべて、雨粒を受けていた。
「おひーん」
「あら〜、えうんとミオちゃん〜」
おひーんがゆっくりと首を動かす。
「雨の日に〜、どうしたの〜?」
「あの、聞きたいことがあって」
ミオが言う。
「洞窟の封印のこと、何か知ってる?」
おひーんの小さな目が、一瞬鋭くなった。
「そう〜、とうとう始まったんだね〜」
「知ってるの?」
えうんが身を乗り出す。
おひーんは、珍しく岸に少し体を寄せた。
「座って〜。長い話になるから〜」
二人は、大きな葉っぱを傘にしながら、おひーんの近くに座った。
「ヒポメ種には〜、代々伝わる話があるの〜」
おひーんが語り始めた。いつものんびりした口調だが、どこか重みがある。
「昔々〜、まだどどらんどが今とは違う姿だった頃〜」

<おひーんの昔話>
遠い昔、どどらんどは今よりもっと豊かで、もっと平和だった。
全ての種族が調和して暮らし、植物は生い茂り、水は澄んでいた。
しかし、ある日、空が裂けた。
黒い裂け目から、闇の存在が溢れ出してきた。影のような、形を持たない存在。それらは、触れるもの全てから生命力を奪っていった。
植物は枯れ、水は濁り、生き物たちは怯えて隠れた。
その時、七つの種族の長老たちが集まった。
マメキン種、エウニカ種、クーコ種、ヒポメ種、そして今は失われた三つの種族。
彼らは力を合わせて、七つの鍵を作った。
それぞれの種族の特性を込めた、特別な鍵。
マメキン種の正義
エウニカ種の創造
クーコ種の自由
ヒポメ種の記憶
そして、失われた三つの種族の力
七つの鍵を使って、闇への扉を封印した。
しかし、代償は大きかった。
三つの種族は、封印と共に姿を消した。彼らの犠牲によって、どどらんどは守られた。

「失われた種族……」
えうんが呟く。
「そう〜。だから今〜、どどらんどには四つの種族しかいない〜」
おひーんは続けた。
「でも〜、封印は永遠じゃない〜。時が経てば〜、弱くなる〜」
「それが、今?」
ミオが不安そうに聞く。
「そうみたい〜。でも〜、今度は違う〜」
「違う?」
おひーんは、意味深に二人を見た。
「今度は〜、外からの助けもある〜」
A氏とB氏のことだろうか。それとも、まだ見ぬ誰かのことだろうか。
「ねぇ〜、えうん〜」
「なに?」
「君が持ってる金属片〜、見せて〜」
えうんは、ユキからもらった金属片を取り出した。そして、ミオと一緒に持っている二つ目の金属片も。
おひーんは、じっと見つめた。
「やっぱり〜、これは本物の鍵〜」
「本物?」
「昔の七つの鍵とは〜、少し違うけど〜、同じ力を感じる〜」
おひーんは、水中に潜った。しばらくして、何かをくわえて上がってきた。
「これ〜、ずっと水底に沈んでた〜」
それは、別の金属片だった。水に濡れているのに、温かい。
「三つ目の鍵……」
えうんが驚く。
「ヒポメ種が〜、ずっと守ってきた〜。でも〜、もう君たちに託す時〜」
おひーんは、えうんに金属片を渡した。
「大切にして〜。これは〜、記憶の鍵〜」
「記憶の?」
「触れると〜、過去が見える時がある〜。でも〜、使い方は〜、まだ分からない〜」
三人で金属片を見つめていると、不思議なことが起きた。
四つの金属片が、かすかに共鳴し始めた。同じリズムで、温かさを発している。
「繋がってる……」
ミオが呟く。
その時、雨雲の切れ間から、一筋の光が差し込んだ。
金属片に光が当たると、空中に不思議な映像が浮かび上がった。
どどらんどの地図のような、でも今とは違う形。そして、七つの光る点。
「これは……」
「多分〜、鍵の在り処〜」
おひーんが言う。
映像はすぐに消えたが、三人の記憶にははっきりと残った。
「あと四つ……」
えうんが数える。
「でも〜、急がなきゃ〜」
おひーんが、森の方を見る。
「封印が完全に解ける前に〜、新しい封印を〜」
雨が止み始めた。
「おひーん、ありがとう」
ミオがお礼を言う。
「ううん〜。これも〜、運命かな〜」
二人が帰ろうとした時、おひーんが呼び止めた。
「あ、そうそう〜」
「なに?」
「失われた三つの種族〜、完全に消えたわけじゃないかも〜」
「え?」
「A氏とB氏を見て〜、思い出したの〜。昔の絵に〜、似た姿があった〜」
えうんとミオは顔を見合わせた。
もしかして、A氏とB氏は、失われた種族と関係があるのだろうか。
帰り道、二人は四つの金属片を大切に持ちながら歩いた。
「ミオちゃん、怖い?」
「少し。でも、えうん君がいるから大丈夫」
「ぼくも、ミオちゃんがいるから」
手を繋いで歩く二人の後ろで、虹がかかり始めていた。
その夜、えうんは金属片を並べて見つめていた。
記憶の鍵。
試しに、三つ目の金属片に触れてみる。
一瞬、映像が見えた。
細長い存在たちが、星空の下で踊っている。その中に、A氏とB氏に似た姿が。
そして、彼らが何かを守っている。大切そうに、慈しむように。
それは、小さな芽だった。
最初の、植物の芽。
「これが、記憶……」
えうんは理解した。A氏とB氏の種族は、植物を守る者だったのだ。
そして今、彼らは帰ってきた。
どどらんどを、もう一度守るために。

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