早朝、まだ誰も起きていない時間。
くぴぃは一人で丘の上に立っていた。白い丸い体に朝露がついて、きらきらと光っている。
「今日こそ……」
小さな翼を精一杯広げる。赤いリボンを風になびかせながら、助走をつけて跳んだ。
パタパタパタ……
一瞬、体が浮いたような気がした。でも、すぐに地面に落ちてしまう。
「あうぅ……」
転がった体を起こしながら、くぴぃは空を見上げた。
他のクーコ種が優雅に飛んでいく。配達の荷物を抱えて、軽やかに。
「いいなぁ……」
ため息をついていると、後ろから声がした。
「早起きだね〜、くぴぃちゃん」
振り返ると、トリさんが立っていた。配達所の先輩クーコ種だ。
「ト、トリさん!」
「飛ぶ練習?」
くぴぃは恥ずかしそうに頷いた。
「でも、全然ダメで……」
トリさんは優しく微笑んで、くぴぃの隣に座った。
「私もね、飛べるようになったのは遅かったのよ」
「本当?」
「ええ。クーコ種の中で一番遅かった」
くぴぃは驚いた。トリさんは配達所で一番頼りにされている存在なのに。
「でもね、飛べなかった時間があったから、今の私があるの」
「どういうこと?」
「歩いて配達していた時、色んなものが見えたの。飛んでいたら気づかない、小さな花とか、困っている虫とか」
トリさんは空を見上げた。
「飛ぶことだけが、クーコ種の価値じゃないのよ」
その言葉を聞いて、くぴぃは少し心が軽くなった。
午後、いつもの水辺に皆が集まっていた。
「くぴぃ、今日も配達?」
だまよおが聞く。
「うん!今日は遠くまで行くの」
「一人で大丈夫?」
えうんが心配そうに聞く。
「大丈夫!もう慣れたもん」
くぴぃは胸を張った。最近は、歩いての配達にも自信がついてきた。
「でも、今日の配達先は……」
ミオが地図を見ながら言う。
「森の奥の、高い崖の上じゃない?」
「え?」
くぴぃが地図を覗き込む。確かに、かなり高い場所にある家への配達だった。
「これは……歩いては無理かも……」
くぴぃの表情が曇る。
「じゃあ、おれたちも一緒に行く」
だまよおが言った。
「でも、仕事だから……」
「手伝いってことでいいだろ」
皆で森へ向かった。目的地は、本当に高い崖の上にあった。
「これは確かに大変だ」
えうんが見上げる。
その時、近くで何かが動いた。
細長い影が二つ。A氏とB氏だった。
『オヤ……』
『困ッテイル?』
A氏とB氏が近づいてきた。相変わらず不思議な雰囲気だが、最近は言葉も上達している。
「あの上に、荷物を届けたいんだけど……」
ミオが説明する。
B氏が崖を見上げた。
『高イ……デモ……』
A氏と何か相談しているようだった。そして、二人は地面に手を触れた。
すると、崖の壁面から太い蔦が生え始めた。みるみるうちに成長して、天然の梯子のようになっていく。
『コレデ……登レル』
「すごい!」
くぴぃが感動する。
でも、A氏とB氏は、くぴぃをじっと見つめていた。
『君……飛ベナイ?』
B氏が聞く。
「う、うん……」
くぴぃが俯く。
『ナゼ……飛ビタイ?』
A氏の質問に、くぴぃは少し考えてから答えた。
「皆の役に立ちたいから……」
『役ニ立ツ……』
A氏とB氏は顔を見合わせた。
『飛ブコト……ダケガ……役ニ立ツ?』
「え?」
B氏が地面を指差した。
『見テ』
くぴぃが歩いた後に、小さな花が咲いていた。
『君ガ……種ヲ運ンダ』
「種?」
『歩クコト……大地ト繋ガル……飛ブモノ……忘レガチ』
A氏が続ける。
『我々モ……飛ベナイ……デモ……植物ト話セル』
確かに、A氏とB氏は飛べないけれど、植物を成長させる特別な力を持っている。
「飛べなくても……いいの?」
『イツカ……飛ベル……デモ……今……大切ナコト……他ニアル』
B氏の言葉に、くぴぃは何か大切なことに気づいた気がした。
蔦を使って崖を登り、無事に荷物を届けた。
崖の上に住んでいたのは、年老いたエウニカ種だった。
「ありがとう、助かったよ」
「いえいえ!」
くぴぃが帰ろうとすると、老エウニカ種が呼び止めた。
「君、くぴぃちゃんだね?」
「はい」
「歩いて配達してくれる君のおかげで、私も安心して暮らせる。飛ぶ配達員は、この崖には降りられないからね」
「え?」
「風が強くて、飛んでくると危険なんだ。でも、君なら安全に届けてくれる」
くぴぃは初めて知った。飛べないことが、逆に強みになることもあるのだと。
帰り道、くぴぃは皆に言った。
「私、飛べなくても頑張る!」
「そうだよ」
えうんが頷く。
「くぴぃにしかできないことがある」
「配達所でも、くぴぃは特別な存在だよ」
ミオも励ます。
「だまぁ!くぴぃは立派だ!」
だまよおも胸を張る。
その夜、くぴぃは丘の上に立っていた。
今度は飛ぶ練習ではなく、星を見るために。
「いつか飛べるようになりたい。でも、今は歩いて頑張ろう」
小さな翼を広げる。まだ飛べないけれど、風を感じることはできる。
赤いリボンが、夜風に優しく揺れていた。
ふと、A氏とB氏の言葉を思い出す。
大地と繋がること。
くぴぃは地面に座って、手を土に触れた。確かに、何か温かいものを感じる。
「これが、私の道」
満天の星空の下、くぴぃは新しい自信を胸に抱いていた。
翌日、配達所でトリさんに報告した。
「崖の上の配達、無事に終わりました」
「さすがね。あそこは飛んでも行けない場所だから、本当に助かるわ」
「私、歩く配達のエキスパートになります!」
くぴぃの宣言に、トリさんは優しく微笑んだ。
「素敵ね。くぴぃちゃんにしかできない配達がきっとある」
「はい!」
小さな翼は、まだ空を飛べない。
でも、くぴぃの心は、誰よりも高く飛んでいた。
四コマ
No.4 しょくぶつ



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