夜更け、森の奥深くで、A氏とB氏は静かに座っていた。
二人の細長い体が月光を受けて、かすかに光っている。額の「A」と「B」の文字も、いつもより鮮明に見えた。
『B……覚エテイル?』
A氏が問いかける。
『故郷ノコト?』
『ソウ……』
二人は、同時に空を見上げた。無数の星の中に、もう見えない故郷がある。
『緑ガ……アッタ』
B氏が呟く。
『水モ……澄ンデイタ』
『生命ガ……溢レテイタ』
二人の間に、不思議な映像が浮かび上がった。彼らの記憶が、形となって現れているようだった。
美しい星。緑豊かな大地。そして、A氏とB氏のような細長い存在たちが、たくさん暮らしていた。
『我々ハ……植物守護者』
A氏が説明するように語る。
『植物ト……共生……千年……万年』
しかし、映像が変わった。
緑が枯れていく。水が干上がっていく。そして、仲間たちが一人、また一人と動かなくなっていく。
『ナゼ……カレタ?』
B氏の問いに、A氏は首を振った。
『分カラナイ……急ニ……全テガ』
その時、茂みがガサガサと音を立てた。
『誰?』
「あ、あの……」
現れたのは、えうんだった。夜中に金属片が熱くなって、導かれるように森に来てしまったのだ。
『エウン……』
「ごめんなさい、邪魔をして……」
『イイ……来テ』
B氏が手招きする。えうんは恐る恐る近づいた。
「君たちの故郷の話?」
『ソウ……見タイ?』
A氏が聞く。えうんは頷いた。
A氏が細長い手をえうんの額に触れた。
瞬間、えうんの意識は別の場所へ飛んだ。
<A氏とB氏の記憶>
えうんは、A氏の目を通して、彼らの星を見ていた。
植物守護者たちは、植物と完全に調和して生きていた。歌うように振動を発し、植物たちはそれに応えて成長する。
A氏とB氏は、その中でも特別な存在だった。
『調和ノ双子』と呼ばれ、二人で一つの完璧な振動を作り出すことができた。
平和な日々。
しかし、ある日、空に亀裂が入った。
黒い亀裂から、影のようなものが溢れ出してきた。それは、どどらんどの洞窟で見たものと同じ……
影は植物から生命力を奪い、大地を枯らしていった。
植物守護者たちは戦った。振動を使って、影を押し返そうとした。
しかし、影は強すぎた。
最後の手段として、長老たちは決断した。
『生キ残ッタ者ハ……他ノ星ヘ……学ンデ……帰ッテクル』
A氏とB氏は、他の数名と共に、小さな船に乗った。
故郷を離れる時、B氏は泣いていた。A氏がその手を握った。
『必ズ……戻ル……緑ヲ……取リ戻ス』
えうんの意識が戻った。
頬に涙が流れていた。
「君たち……」
『我々……探シテイル……影ヲ倒ス方法』
B氏が言う。
『ドドランド……同ジ敵……戦ッタ』
「洞窟の封印……」
『ソウ……ダカラ……学ビニ来タ』
A氏が立ち上がった。
『デモ……希望モアル』
「希望?」
『君タチ』
B氏も立ち上がる。
『異ナル種族……協力……我々ニハナカッタ』
確かに、どどらんどには様々な種族が共存している。それぞれの特性を活かして。
「じゃあ、一緒に戦おう」
えうんの言葉に、A氏とB氏は驚いたようだった。
『一緒ニ?』
「うん。君たちも、もうどどらんどの仲間だから」
二人は顔を見合わせた。そして、初めて、表情らしきものを見せた。
嬉しそうだった。
『アリガトウ……エウン』
その時、えうんの金属片が光った。A氏とB氏も、何かに気づいたようだった。
『ソレ……』
A氏が金属片を指差す。
『我々ノ星ニモ……アッタ』
「え?」
B氏が地面に何かを描き始めた。七つの印。
『七ツノ文明……七ツノ鍵……宇宙ノ法則』
「じゃあ、これは……」
『全テノ世界ヲ……守ル鍵』
えうんは理解した。この鍵は、どどらんどだけのものではない。宇宙全体を守るためのものなのだ。
翌朝、えうんは皆を集めた。
「A氏とB氏のこと、もっと知ってほしいんだ」
そして、昨夜のことを話した。
「かわいそう……」
くぴぃが涙ぐむ。
「故郷を失ったのか」
だまよおも神妙な顔をしている。
「でも、希望はあるんだよね」
ミオが言う。
「うん。皆で協力すれば」
おひーんも水面から顔を上げた。
「やっぱり〜、失われた種族と関係があったんだ〜」
その日から、皆のA氏とB氏を見る目が変わった。
不思議な存在から、仲間へと。
A氏とB氏も、少しずつ皆と交流するようになった。
B氏がくぴぃの配達を手伝ったり、A氏がミオに特別な染料植物を教えたり。
『学ンデイル……友情トイウモノ』
A氏が言った。
『故郷ニハ……ナカッタ概念』
「友情がなかった?」
だまよおが驚く。
『調和ハアッタ……デモ……個人ノ絆ハ……』
B氏が説明する。
『君タチガ……教エテクレタ』
夕暮れ時、皆で夕日を見ていた。
A氏とB氏も一緒に。
「ねぇ」
くぴぃが言った。
「君たちの星に、また緑が戻るといいね」
『……アリガトウ』
二人は同時に答えた。
その声は、初めて、感情がこもっているように聞こえた。
えうんは思った。
A氏とB氏は、ただ知識を求めに来たんじゃない。
失ったものを取り戻す方法を、心の繋がりの中に見つけようとしているのだと。
金属片を握りしめる。
この鍵で、全ての世界を救えるかもしれない。



コメント