朝から、えうんは落ち着かなかった。
竪穴住居の中を何度も行ったり来たりして、身だしなみを整えては確認している。茶色い毛並みを念入りに撫でつけ、ミオにもらった金色のお守りを大切に身につけた。
何度も鏡を見ては、ため息をつく。
「大丈夫かな……ちゃんと話せるかな……」
独り言を呟きながら、また毛並みを整え直す。
今日は、ミオの両親に正式に招待された日。夕食を一緒にという話だったが、えうんにとっては一大事だった。
昼過ぎ、我慢できなくなって外に出た。少し歩けば気が紛れるかもしれない。
水辺に着くと、おひーんがいつものように浮いていた。
「あら〜、えうん〜。なんか落ち着かない顔してるね〜」
「お、おひーん……実は今日……」
事情を話すと、おひーんはのんびりと笑った。
「そんなに緊張することないよ〜。えうんはえうんのままでいいんだから〜」
「でも……」
「大丈夫〜、ミオちゃんが選んだ人なんだから〜、きっと両親も気に入るよ〜」
おひーんの言葉に少し勇気づけられて、えうんは家に戻った。
すると、入り口から顔を覗かせる影があった。
「だまぁ!えうん、準備はできたか!」
だまよおだった。
「だまよお君?どうしてここに」
「心配になって来た!初めてミオちゃんの両親に会うんだろ?」
「う、うん……」
「おれも一緒に行く!」
「え?でも、ぼく一人で招待されて……」
「陰から見守るだけだ!」
だまよおの言葉に、えうんは苦笑いした。
夕方、ミオの家へ向かう道で、えうんは何度も深呼吸をした。
谷の入り口に着くと、ミオが待っていた。いつもより少しおしゃれをしているように見える。毛並みに、自分で作った染め物の飾りをつけていた。
「えうん君、来てくれたんだ」
「お、お招きありがとう」
なぜか敬語になってしまう。ミオはクスッと笑った。
「そんなに緊張しないで。父も母も、えうん君に会うのを楽しみにしてたから」
ミオの家に入ると、温かい匂いが漂っていた。
「いらっしゃい、えうん君」
優しい声で迎えてくれたのは、ミオの母親だった。ミオと同じ明るい茶色の毛並みだが、年齢を重ねた落ち着きがある。
「は、初めまして!」
「まぁ、緊張しなくていいのよ。ミオから、いつも話を聞いているわ」
母親の優しい笑顔に、えうんは少しほっとした。
「おお、これがえうん君か」
奥から、大柄なエウニカ種が出てきた。ミオの父親だ。濃い茶色の毛並みで、職人のような雰囲気がある。
「お前さんが、あの器用な手を持つ子か」
「え、えっと……」
「ミオが作った染め物に使う道具、お前さんが改良したんだって?」
父親は、えうんが作った簡単な織り機を指差した。
「大したもんだ。筋がいい」
褒められて、えうんは耳まで赤くなった。
食卓には、たくさんの料理が並んでいた。木の実のスープ、葉っぱのサラダ、そして特別な日にしか作らないという蜜のお菓子。
「さあ、食べて食べて」
母親に勧められて、えうんは料理を口にした。
「おいしい!」
「よかった。ミオも手伝ってくれたのよ」
「そ、そんな、少しだけ……」
ミオが恥ずかしそうにしている。
食事をしながら、色々な話をした。えうんの趣味のこと、ミオとの出会いのこと、最近のどどらんどの出来事。
「そういえば」
母親が急に真剣な表情になった。
「白いエウニカ種に会ったって、ミオから聞いたわ」
「はい、ユキさんという……」
母親は父親と顔を見合わせた。
「私の祖母から聞いた話があるの」
母親は語り始めた。
「白いエウニカ種は、選ばれし者だって。大きな使命を持って生まれてくるんだって」
「使命?」
「世界の均衡を保つ役目。普通のエウニカ種には見えないものが見える」
えうんは、ユキから受け取った金属片のことを思い出した。
「でも、その代償も大きいらしいわ。孤独と、重い責任を背負うことになる」
ミオが心配そうに母親を見た。
「ユキさん、一人で大変なのかな……」
「きっとそうね。だから、友達が必要なのかもしれない」
その時、窓の外で物音がした。
「なんだろう?」
父親が窓を開けると、そこには……
「だまぁ!」
だまよおが木から落ちていた。さらにその上から、くぴぃも転がり落ちてきた。
「いたた……」
「あんたたち、何してるの!」
ミオが呆れたように言う。
「い、いや、その……心配で……」
だまよおが言い訳をする。
「えうん君が緊張してるかなって……」
くぴぃも申し訳なさそうにしている。
母親が笑い出した。
「まぁ、いい友達を持ったのね、えうん君」
「皆も入りなさい。料理はたくさんあるから」
父親の言葉に、だまよおとくぴぃは顔を見合わせた。
「いいんですか?」
「もちろん。ミオの友達は、家族も同然だ」
急遽、賑やかな晩餐会になった。
だまよおは遠慮なく食べまくり、くぴぃは母親の料理に感動して涙ぐんでいた。
「あの、お母さん」
えうんが思い切って「お母さん」と呼ぶと、ミオが真っ赤になった。
「なあに?」
「ミオちゃ……ミオさんは、小さい頃からこんなに優しかったんですか?」
母親は微笑んだ。
「ええ。でも、最近は特に優しい顔をするようになったわ。えうん君と出会ってから」
今度はえうんが真っ赤になった。
夜遅く、皆で家を出る時、父親がえうんを呼び止めた。
「えうん君」
「はい」
「ミオを、よろしく頼む」
真剣な眼差しに、えうんは背筋を伸ばした。
「はい!」
母親も優しく言った。
「また来てね。今度は、もっとリラックスして」
「ありがとうございました」
帰り道、四人で月明かりの下を歩いた。
「楽しかったね」
くぴぃが言う。
「ミオの母ちゃんの料理、最高だった!」
だまよおも満足そうだ。
「ごめんね、騒がしくして」
ミオが謝る。
「ううん、おかげで緊張がほぐれた」
えうんは友達を見回した。
「皆がいてくれて、本当によかった」
ミオとえうんは、少し後ろを歩きながら、手を繋いでいた。
「お父さんとお母さん、えうん君のこと気に入ったみたい」
「よかった……」
「また来てね」
「うん、必ず」
その夜、えうんは幸せな気持ちで眠りについた。
ミオの家族に受け入れられ、友達に支えられ、そして大切な人との絆が深まった。
平和で温かい一日だった。
でも、空には少しずつ、見えない変化が起きていた。
明日の夜、二つの月が昇る。
四コマ
No.4 しょくぶつ


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