朝の光が竪穴住居に差し込む。えうんは昨日とは違う木の実を手にしていた。ミオに教えてもらった染料になる実だ。試しに布を染めてみようと思ったが、どうやって煮出せばいいのか分からない。
「ミオさんに聞いてみようかな……」
外に出ると、いつものようにだまよおがやってきた。
「おーい、えうん!今日も見回りだ!」
「あ、だまよお君。あのさ、ミオさんの家って知ってる?」
「ミオ?ああ、昨日の。谷の向こうって言ってたな。行ってみるか?」
二人は谷へ向かって歩き始めた。途中、岩場を越えていると、上の方から声が聞こえてきた。
「あー!もう!」
見上げると、大きな岩の上にピンクの飾り羽が見えた。誰かが困っている様子だ。
「だまぁ!大丈夫か!」
だまよおが叫ぶと、顔を覗かせたのは真っ白でまん丸な姿。ピンクのお腹が特徴的で、首には赤いリボンを結んでいる。黒くて丸い瞳が今にも泣きそうに潤んでいた。
「あ、助けて〜!降りられなくなっちゃった!」
小さな翼を一生懸命パタパタさせるが、体に対して翼が小さすぎて、とても飛べそうにない。
「飛んで降りればいいじゃないか!」
だまよおの言葉に、白い丸い体がしょんぼりと縮こまった。
「そ、それが……飛べないの……」
「飛べない?」
えうんが聞き返す。
「まだ練習中で……上手く飛べなくて……登るのは得意なんだけど……」
頭の飾り羽がしょんぼりと下を向く。クーコ種は空を飛べる種族のはず。でも、この子はまだ飛べないらしい。
「どうしよう……」
えうんは辺りを見回した。岩は高さが3メートルくらい。自分たちには高すぎる。
「あ!」
近くに長い蔦が垂れ下がっているのを見つけた。でも、そのままでは岩の上まで届かない。
「だまよお君、ちょっと手伝って」
「おう!」
えうんは蔦を編み始めた。三つ編みにすることで強度を上げ、長さも稼ぐ。ミオに教えてもらった編み方の応用だった。
「すごい!えうん、器用だな!」
十分な長さになった蔦を、だまよおが思い切り岩の上に投げる。
「これにつかまって!」
「あ、ありがとう!」
白い丸い体が恐る恐る蔦を伝って降りてくる。小さな翼でバランスを取りながら、ゆっくりゆっくり。
地面に着いた瞬間、ぺたんと座り込んでしまった。ピンクのお腹が地面についている。
「はぁ……怖かった……」
「大丈夫?」
えうんが心配そうに覗き込む。
「うん……ありがとう。私、くぴぃっていうの!」
白くて丸い体をゆらゆらさせながら自己紹介する。赤いリボンが揺れて、とても可愛らしい。
「ぼくは、えうん。こっちは、だまよお君」
「よろしく!でも、なんで飛べないんだ?」
だまよおの直球な質問に、くぴぃはまた飾り羽を垂れさせた。
「練習してるんだけど……怖くて……」
「このリボン、お母さんがつけてくれたの。飛べるようになったら、もっと大きいリボンにしてくれるんだって!」
そう言ってくるっと回ってみせるが、バランスを崩してころんと転がってしまった。
「あうぅ……」
「だ、大丈夫?」
えうんが慌てて助け起こす。くぴぃは照れたように小さな翼で顔を隠した。
「あ、えっと……そのうち飛べるようになるさ!」
だまよおも慌てて励ます。
「そうだよ。ぼくだって、最初は笛も作れなかったし」
えうんの励ましに、くぴぃは少し元気を取り戻した。
「えうん君って、物作るの?」
「う、うん。簡単なものだけど」
「すごいなぁ。私、配達の仕事を手伝いたいんだけど、飛べないから……」
クーコ種は物流を担う重要な種族。でも、飛べないくぴぃには仕事ができない。
谷に向かう道中、くぴぃも一緒についてくることになった。転がるように歩く姿が愛らしい。
「ミオさんって誰?」
「昨日会った子だよ。染め物が得意なんだ」
「へぇ〜!会ってみたい!」
谷の入り口に着くと、小さな竪穴住居がいくつか並んでいた。その一つから、ミオが顔を出した。
「あ、えうん君!だまよお君も!」
「お、おはよう、ミオさん」
「これ、誰?」
ミオは白くて丸い姿を見て首を傾げた。
「くぴぃです!さっき会ったばかり!」
くぴぃがぴょんぴょん跳ねながら自己紹介する。
「岩の上から降りられなくなってたんだ」
事情を聞いて、ミオは優しく微笑んだ。
「大変だったね。あ、ちょうど良かった。今、木の実を煮出してるところなの。見る?」
住居の横にある小さなかまどで、土器の中に赤い液体が煮えていた。
「わぁ、きれい……」
くぴぃが黒い丸い瞳を輝かせる。
「これに布を浸けると、染まるの」
ミオが白い布を入れて、しばらく煮る。取り出すと、美しい桃色に染まっていた。
「すごい!」
「くぴぃちゃんの飾り羽も、もっとピンクにしてみる?」
「え?でも、もうピンクだよ?」
「もっと濃いピンクにもできるよ」
くぴぃは首を振った。赤いリボンが左右に揺れる。
「ううん、このピンクが好き!でも……」
小さな翼から白い羽を一枚抜いて渡す。
「これ、染めてもらってもいい?」
ミオがその羽を染めると、白い羽が淡いピンクに変わった。
「かわいい!宝物にする!」
くぴぃは染めた羽を大事そうに抱きしめた。
午後、四人は川辺に座っていた。くぴぃは染めてもらった羽を何度も眺めている。
「ねぇ、えうん君って、どんなもの作れるの?」
ミオが聞く。
「えっと……笛とか、紐を編んだり……」
「さっきの蔦もすごかったよな!」
だまよおが言うと、くぴぃも体全体を使って大きく頷いた。勢い余ってまた転がりそうになる。
「本当!助かった!」
「そ、そんな……たいしたことじゃ……」
照れるえうんを見て、ミオが微笑む。
「えうん君、もっと自信持っていいよ。手先が器用なのは才能だもの」
「そうだそうだ!」
だまよおが同意すると、くぴぃも小さな翼をパタパタさせた。でも、やっぱり体は浮かない。
「あーあ、いつになったら飛べるかなぁ」
リボンを触りながら、くぴぃがため息をつく。
「焦らなくていいんじゃない?」
ミオが優しく言う。
「私だって、染め物を覚えるまで時間かかったし」
「ぼくも、最初は笛の穴も開けられなかった」
「おれは最初から正義の味方だったけどな!」
「だまよお君は特別だよ」
皆で笑った。くぴぃも丸い体を揺らして笑っている。
夕方、それぞれが帰路につく前、くぴぃが言った。
「あのね、明日も会える?」
「もちろん!」
ミオが答え、えうんも頷く。
「おう!明日も見回りだ!」
だまよおはいつも通り元気いっぱいだ。
「じゃあ、明日は私が何か作ってくるね。染めた布で」
「え?何作るの?」
「秘密!でも、くぴぃちゃんのために特別なものも考えてる」
ミオが悪戯っぽく笑った。くぴぃは嬉しそうに飛び跳ねた。
帰り道、えうんは考えていた。新しい友達が増えて、毎日が楽しくなってきた。でも、何か自分にもできることはないだろうか。
「なぁ、えうん」
だまよおが声をかける。
「くぴぃ、かわいいな」
「う、うん」
「でも、飛べないのは大変そうだ」
「きっと、いつか飛べるようになるよ」
「そうだな!おれたちで応援しよう!」
空を見上げると、また一瞬、光るものが見えた。今度は、だまよおも気づいた。
「ん?今、何か光らなかったか?」
「流れ星……かな?」
「最近多いな、流れ星」
二人は不思議に思いながらも、家路についた。
どどらんどに、少しずつ変化の兆しが現れ始めていた。

No.4 しょくぶつ
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