朝から雨が降っていた。
どどらんどに雨が降るのは珍しいことではないが、これほど静かで優しい雨は久しぶりだった。えうんは竪穴住居の入り口に座って、雨粒が地面を叩く音を聞いていた。
手の中には、ユキからもらった金属片がある。
表面に刻まれた模様は複雑で、見れば見るほど新しい発見がある。円のような、でも完全な円ではない形。線のような、でも途切れ途切れの模様。まるで何かの地図のようにも、文字のようにも見える。
「これが鍵の一部……」
ユキの言葉を思い出す。何の鍵なのか、いつ必要になるのか、全く分からない。でも、なぜか大切にしなければいけない気がした。
トントン。
控えめなノック音がした。だまよおなら勝手に入ってくるし、くぴぃならもっと元気な音がする。
「えうん君、いる?」
ミオの声だった。
「あ、うん。入って」
扉を開けると、ミオが大きな葉っぱを傘代わりにして立っていた。茶色い毛並みが雨で少し濡れている。
「ごめんね、急に。雨の日だから、迷惑かなって思ったんだけど……」
「ううん、全然。どうしたの?」
ミオは少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「実は、雨の日にしか見つからない特別な植物があるの。一緒に探しに行かない?」
えうんは外の雨を見た。かなり降っている。普通なら家にいたいところだ。でも、ミオの期待に満ちた目を見ると……
「分かった。行こう」
「本当?嬉しい!」
ミオの笑顔を見て、えうんも自然と笑顔になった。
二人はそれぞれ大きな葉っぱを持って、雨の中へ出た。
「この雨でしか咲かない花があるの」
ミオが説明しながら、森への道を進む。雨で地面はぬかるんでいるが、ミオは慣れた足取りで歩いていく。
「ミオちゃ……ミオさんは、よく雨の日に出かけるの?」
「うん。お母さんに教わったの。雨の日の森は、晴れの日とは全く違う顔を見せるって」
確かに、雨の森は普段とは違っていた。
葉っぱについた雨粒がきらきらと光り、普段は聞こえない小さな音が響いている。土の匂いが強くなり、空気が澄んでいるような気がする。
「あ、見て」
ミオが指差した先に、小さなキノコが生えていた。傘が透明で、雨粒を受けるとプリズムのように光を反射する。
「きれい……」
「雨の日キノコって言うの。晴れると溶けてなくなっちゃう」
二人は並んで、しばらくキノコを眺めていた。雨音だけが響く、静かな時間。
さらに奥へ進むと、ミオが急に立ち止まった。
「あった!」
岩陰に、小さな青い花が咲いていた。花びらは雨粒を受けて、まるで宝石のように輝いている。
「これが雨の日にしか咲かない花?」
「そう。レインブルームって言うの。普段は固い蕾のままなんだけど、雨を感じると開くの」
ミオは慎重に花を摘み始めた。
「これ、乾燥させると良い香りがするから、染め物の仕上げに使えるの」
「へぇ……」
えうんも手伝って花を摘む。二人の手が時々触れ合って、そのたびに顔を見合わせては照れくさそうに笑った。
「もう少し奥にもありそう」
ミオが斜面を登ろうとした。しかし、雨でぬかるんだ地面に足を取られた。
「きゃっ!」
「ミオさん!」
えうんが慌てて手を伸ばし、ミオを支えた。勢い余って、二人は抱き合うような形になってしまった。
雨音だけが響く中、二人は顔を見合わせた。ミオの顔が近い。雨粒がミオの睫毛についていて、それがとてもきれいだった。
「あ、ありがとう……」
「う、うん……大丈夫?」
ミオは頷いたが、まだえうんの腕の中にいた。
「あの、えうん君……」
「なに?」
「私のこと、ミオさんって呼ぶの、なんか他人行儀で……」
えうんの心臓が大きく跳ねた。
「じゃあ……ミオ……ちゃん」
小さな声で呼んでみる。
ミオの顔が真っ赤になった。
「うん……その方がいい」
二人はゆっくりと離れたが、自然と手をつないでいた。
「あ、雨が弱くなってきた」
空を見上げると、雲の切れ間から光が差し込み始めていた。
「虹が出るかも」
ミオの言葉通り、森の向こうに大きな虹がかかった。
帰り道、二人は手をつないだまま歩いた。籠いっぱいのレインブルームが、かすかに甘い香りを放っている。
「ねぇ、えうん君」
「なに?」
「今度、晴れの日にも一緒に森を歩かない?」
「うん、もちろん」
「約束だよ」
「約束」
竪穴住居の近くまで来ると、だまよおが立っていた。
「おーい!どこ行ってたんだ!心配したぞ!」
慌てて手を離す二人。
「あ、えっと、雨の日の花を探しに……」
「そうなのか。濡れて風邪引くなよ」
だまよおは特に何も気づいていない様子で、自分の家へ帰っていった。
「じゃあ、また明日」
「うん、また明日……ミオちゃん」
ミオは嬉しそうに微笑んで、自分の家へ帰っていった。
えうんは竪穴住居に入ると、濡れた体を拭きながら、今日のことを思い返していた。
ミオちゃん。
声に出してみると、なんだか特別な響きがあった。
金属片を手に取る。雨に濡れた金属片は、いつもより温かく感じられた。
「きっと、いいことがある」
窓の外では、虹がまだ輝いていた。
雨の日の、特別な思い出ができた一日だった。
四コマ
No.4 しょくぶつ



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