満月の夜だった。
だまよおは、夜の見回りをしていた。昼間とは違い、夜のどどらんどは静かで神秘的だ。月明かりが岩場を青白く照らし、影が長く伸びている。
「夜も悪い奴がいないか確認しないとな」
グレーの粘菌が月光を反射して、かすかにきらめく。
水辺に近づくと、いつもと違う光景が目に入った。
「あれ?」
おひーんが陸に上がっていた。
普段は水面に平たく浮いているおひーんが、岸辺の平らな岩の上にいる。月光を全身に浴びて、じっと空を見上げていた。
「おひーん、どうしたんだ?」
だまよおが声をかけると、おひーんはゆっくりと振り返った。
「あ〜、だまよお〜」
いつものんびりした声だが、どこか違う雰囲気がある。
「陸に上がって大丈夫なのか?」
「満月の夜は〜、特別なんだ〜」
おひーんの平たい体が、月光を受けて青白く輝いている。よく見ると、体の表面に細かい模様が浮かび上がっていた。普段は見えない、不思議な模様だ。
「なんだそれ、初めて見た」
「月の光を浴びると〜、出てくるんだ〜」
だまよおは興味深そうに、おひーんの隣に座った。
「ヒポメ種って、みんなそうなのか?」
「そうだよ〜。でも〜、あまり他の種族には見せないんだ〜」
「なんで?」
「恥ずかしいから〜」
おひーんの答えに、だまよおは首を傾げた。
「恥ずかしい?きれいじゃないか」
「そう言ってくれるのは〜、だまよおくらいだよ〜」
二人は並んで月を見上げた。満月が、まるで大きな目のように二人を見下ろしている。
「なぁ、おひーん」
「ん〜?」
「最近、変なことが多いよな」
だまよおは、A氏とB氏のことを思い出していた。まだ皆には詳しく話していないが、宇宙から来た存在がどどらんどにいる。
「そうだね〜。でも〜、悪いことばかりじゃないよ〜」
「どういうことだ?」
おひーんは平たい体を少し動かして、だまよおの方を向いた。
「新しい友達もできたし〜、皆で協力することも増えた〜」
「確かに……」
「変化は〜、怖いこともあるけど〜、成長のチャンスでもあるんだ〜」
おひーんの言葉は、のんびりしているけれど、深い意味があるような気がした。
「おひーんは、賢いな」
「そんなことないよ〜。ただ〜、水に浮いてる時間が長いから〜、考える時間も長いんだ〜」
だまよおは笑った。確かに、おひーんはいつも水に浮いて、のんびりしている。
「ねぇ〜、だまよお〜」
「なんだ?」
「実は〜、満月の夜に陸に上がるのには〜、もう一つ理由があるんだ〜」
おひーんの声が、少し真剣になった。
「なんだ?」
「先祖の記憶を〜、思い出すんだ〜」
「先祖の記憶?」
おひーんは頷いた。月光に照らされた模様が、より鮮明になっていく。
「ヒポメ種は〜、昔から〜、どどらんどの歴史を記憶してきた〜」
「歴史を?」
「そう〜。水は全てを記憶する〜。ぼくたちは〜、その水と共に生きてきた〜」
だまよおは驚いた。いつものんびりしたおひーんが、こんな秘密を持っていたなんて。
「じゃあ、昔のどどらんどのことも知ってるのか?」
「断片的にだけどね〜。でも〜、最近〜、記憶が騒いでる〜」
「騒いでる?」
おひーんは空を見上げた。星が瞬いている。
「何か〜、大きな変化が来る予感がする〜。良いか悪いかは〜、分からないけど〜」
だまよおも空を見上げた。確かに、最近の出来事は普通じゃない。
「おひーん、もし何か分かったら教えてくれ」
「もちろん〜」
二人はしばらく黙って月を眺めていた。
「そろそろ〜、水に戻らないと〜」
おひーんがゆっくりと動き始めた。陸上では動きにくそうだが、月光を浴びた今は、少し軽やかに見える。
「手伝うか?」
「大丈夫〜。これも〜、月の夜の儀式みたいなものだから〜」
おひーんは、ゆっくりと水辺へ向かった。水に入ると、体の模様が徐々に消えていく。
「また〜、来月の満月に〜」
「え?来月も?」
「うん〜。だまよおにだけ〜、特別に見せてあげる〜」
水面に浮かんだおひーんは、いつもの姿に戻っていた。
だまよおは、なんだか特別な秘密を共有した気がして、少し誇らしかった。
「おやすみ、おひーん」
「おやすみ〜、だまよお〜」
帰り道、だまよおは考えていた。
おひーんの言葉、先祖の記憶、そして来たるべき変化。
「正義の味方として、おれは何ができるんだろう」
家に帰ると、ふと思い立って、今日のことを記録することにした。石の板に、簡単な絵と印で。
「満月の夜、おひーんの秘密」
これは、だまよおだけの秘密の記録。
翌朝、いつものように皆が水辺に集まった。
「おはよ〜」
おひーんは、いつも通り水面に浮いていた。昨夜のことがまるで夢だったかのように。
「おはよう、おひーん」
だまよおが挨拶すると、おひーんが片目でウインクした。二人だけの秘密の合図。
「今日も平和だな〜」
えうんが言う。
「そうだね」
ミオも頷く。
「配達行ってきまーす!」
くぴぃが元気に出かけていく。
だまよおは、いつもの日常を見ながら思った。
この平和を守るのが、正義の味方の仕事だ。そして、もし本当に大きな変化が来るなら、皆で力を合わせて乗り越えていくんだ。
「よし、今日も見回りだ!」
「だまよお、今日は一緒に行っていい?」
えうんが聞いてきた。
「おう、もちろんだ!」
「私も行く!」
ミオも加わった。
三人で歩き始める。おひーんは相変わらず水面でのんびりしている。
でも、だまよおには分かる。おひーんも、自分なりの方法で、どどらんどを見守っているんだと。
満月の秘密は、だまよおの心の中で、静かに輝いていた。
四コマ
No.4 しょくぶつ



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