第9話「A氏B氏の学習」

朝靄が立ち込める森の中、えうんは一人で歩いていた。
最近、何か作りたい衝動に駆られている。ただの笛や籠じゃなくて、もっと意味のあるもの。でも、それが何なのか分からない。
ユキからもらった金属片をポケットから取り出す。相変わらず温かく、不思議な模様が刻まれている。
「これが鍵の一部なら、他の部分もあるはずだよね……」
独り言を呟きながら歩いていると、前方で何かが動いた。
細長い影が二つ。
A氏とB氏だった。
二人(?)は、大きな木の前に立って、じっと観察していた。いや、観察というより、何か交信しているような雰囲気だった。
『アァ……』
『成長……確認……』
頭に直接響く、不思議な声。
えうんは、そっと近づいた。怖くはない。なぜか、A氏とB氏には悪意を感じないから。
「あの……」
声をかけると、二人同時に振り返った。額の「A」と「B」の文字が、朝日を受けて光っている。
『小サイ……茶色……』
B氏が言う。
『エウン……ト言ウ……名前』
A氏が続ける。
「そう、ぼくはえうん」
なんと、前に会った時より、言葉が上達している。
『エウン……物……作ル?』
B氏が身振り手振りで何かを表現する。手を組んだり、広げたり、まるで何かを組み立てているような動作。
「うん、簡単なものなら」
A氏が地面から小枝を拾い上げて、えうんに差し出した。
『コレ……何……作レル?』
興味深そうに、二人はえうんを見つめている。顔があるのかないのか分からないが、期待しているような雰囲気は伝わってくる。
えうんは小枝を受け取って、少し考えた。そして、その場にあった葉っぱと蔦を使って、簡単な笛を作り始めた。
小枝に穴を開け、葉っぱで膜を作り、蔦で固定する。手慣れた動作で、あっという間に完成させた。
『オォ……』
A氏とB氏が同時に感嘆の声を上げた。
えうんが笛を吹くと、澄んだ音が森に響いた。
すると、不思議なことが起きた。
笛の音に反応して、周りの植物がざわめき始めた。葉っぱが震え、花が開き、まるで音楽に合わせて踊っているようだった。
『音……植物……喜ブ』
A氏が驚いたように言う。
『振動……成長……促進』
B氏が付け加える。
「植物も音を聞くの?」
えうんの質問に、A氏とB氏は顔を見合わせた。そして、ゆっくりと地面に座った。いや、座ったというより、細長い体を折り畳んだ。
『全テノ生命……繋ガッテイル』
A氏が語り始めた。
『音モ……振動モ……光モ……全テ……エネルギー』
B氏が続ける。
『我々ノ星……植物……枯レタ』
えうんは息を呑んだ。A氏とB氏の故郷の話だ。
『音……忘レタ……光……弱クナッタ』
『ダカラ……旅……始メタ』
二人は交互に、途切れ途切れに話す。言葉はまだ不完全だが、伝えたいことは分かる。
『ドドランド……豊カ……学ビタイ』
『植物ト……話ス方法……知リタイ』
えうんは、A氏とB氏が単なる侵略者じゃないことを確信した。彼らは、学びに来たんだ。
「じゃあ、ぼくたちも教えられることがあるかも」
『教エル?』
「うん。どどらんどの植物のこと、音のこと」
A氏とB氏は、嬉しそうに体を揺らした。踊っているようにも見える。
『嬉シイ……学ビタイ……』
その時、えうんはあることを思いついた。
「ねぇ、君たちの星の音って、どんな音?」
A氏とB氏は、また顔を見合わせた。そして、B氏が細長い手を口(?)のあたりに当てた。
『〜〜〜〜〜』
不思議な音が響いた。音というより、振動に近い。低くて、深くて、悲しいような、美しいような。
えうんの持っていた金属片が、急に熱くなった。
「あっ!」
金属片が共鳴している。同じような振動を発し始めた。
『ソレ……!』
A氏が驚いたように金属片を指差した。
『鍵……一部……』
『ドコデ……手ニ入レタ?』
「白いエウニカ種の人から」
『ユキ……』
A氏とB氏が同時に言った。彼らもユキを知っているらしい。
『ユキ……賢イ……知ッテイル……多ク』
『鍵……集メル……必要……イツカ』
えうんは金属片を見つめた。これが本当に重要なものだということが、改めて分かった。
「他の部分は、どこにあるの?」
『知ラナイ……探ス……皆デ』
A氏が立ち上がった。B氏も続く。
『マタ……会オウ……エウン』
『音……作ル……続ケテ』
二人は森の奥へ消えていこうとした。
「待って!」
えうんが呼び止めると、振り返った。
「また、会えるよね?」
『会ウ……必ズ……友達……ダカラ』
B氏の言葉に、えうんは微笑んだ。
友達。
宇宙から来た存在と、友達になれるなんて。
A氏とB氏が去った後、えうんは作った笛をもう一度吹いた。
森が応えるように、ざわめいた。
帰り道、えうんは考えていた。音と植物の関係、A氏とB氏の故郷、そして鍵の謎。
どどらんどには、まだまだ知らないことがたくさんある。
水辺に着くと、皆が集まっていた。
「えうん、どこ行ってたの?」
ミオが心配そうに聞く。
「ちょっと森を散歩してて」
A氏とB氏のことは、まだ皆に詳しく話さない方がいい。もう少し、理解が深まってから。
「あ、新しい笛作ったんだ」
くぴぃが気づいた。
「吹いてみて!」
えうんが笛を吹くと、不思議なことが起きた。
水辺の植物が、微かに震えている。
「なんか、植物が喜んでるみたい」
ミオが驚く。
「ほんとだ〜」
おひーんも水面から顔を上げた。
「音には力があるんだな」
だまよおも感心している。
えうんは皆の反応を見ながら、A氏とB氏から学んだことを、少しずつ皆と共有していこうと思った。
その夜、えうんは金属片を見つめながら考えた。
これは単なる鍵じゃない。何か、もっと大きな意味がある。
A氏とB氏、ユキ、そして自分。
皆が繋がっている。
「いつか、全てが分かる時が来る」
金属片は、温かく脈打っていた。まるで、生きているように。
窓の外では、星が瞬いている。
A氏とB氏の故郷も、あの星々のどこかにあるのだろうか。
枯れてしまった星を、もう一度豊かにする方法。それを、どどらんどで見つけられるかもしれない。
えうんは、明日も笛を作ろうと決めた。
音で、植物と、そして宇宙と繋がるために。

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